今回は、第二夜の後半をまとめていきたいと思う。
始めに、前回にまとめた部分を再度読み返してみた。
「人生は他者との競争ではない」
健全な劣等感とは、他者とは比較のなかで生まれるのではなく、「理想の自分」との比較から生まれるものです。
いいですか、われわれは誰もが違っています。性別・年齢・知識・経験・外見、まったく同じ人間など、どこにもいません。他者との間に違いがあることは積極的に認めましょう。しかし、われわれは「同じではないけれど対等」なのです。
経験や知識の量、それからとれる責任の量については、違いがある。
この考え方を教育にどう活かすか。
私と生徒の間にも違いがある。それぞれ進む方向が違うのだからその個人に行きたい方向にいかせてやれということなのか。しかし、それがどうしようもない方向にだったとしてもそれを修正してはいけないのか。私の感覚と相当かけはなれて、世の中的に見てもどうしょうもない方向に向かっているとしても「この子はこうなんだ。」としてしまえということか。
私には、その勇気はない。
ここからは、新しい部分に入っていきたい。
「権力争いかた復讐へ」
もしも罵倒されたら、その人の隠し持つ「目的」を考える。直接的な罵倒にかぎらず、相手の言動によって本気で腹が立ったときには、相手が「権力争い」を挑んできているのだと考えて下さい。
勝つことによって、自らの力を証明したいのです。
ええ。「復讐」の段階です。いったんは引き下がったとしても、相手は別の場所、別のかたちで、なにかしらの復讐を画策し、報復行為に出ます。
たとえば、リストカットをする子どもを見て「なんのためにそんなことをするんだ?」と不思議に思うでしょう。しかし、リストカットという行為によって周囲の人ーたとえば親ーがどんな気持ちになるのかを考えてみてください。そうすれば、おのずと行為の背後にある「目的」が見えてくるはずです。
権力争いを挑まれたときには、ぜったいに乗ってはならないのです。
生徒が、自分の意図すること逆をしている時は「権力争い」をしていると考えればいいのか。そうたった時は、私はそれを無視すれば良いのだな。しかし、それでは、生徒になめられないか。
「非を認めることは「負け」じゃない」
いくら自分が正しいと思えた場合であっても、それを理由に相手を非難しねいようにしましょう。ここは多くの人が陥る、対人関係の罠です。
人は、対人関係のなかで「わたしは正しいのだ」と確信した瞬間、すでに権力争いに足を踏み入れているのです。
あなたが正しいと思うのなら、他の人がどんな意見であれ、そこで完結するべき話です。
生徒の前で、狼狽えることなく、また粋がることもなく、整然と威厳をもって過ちを認めらえる人間として教壇に立ちたいと思った。そんな人間が「尊敬」の対象になれるのだろうし、また「大人の見本」になれるのだとも思った。
「直面する「人生のタスク」をどう乗り越えるか」
アドラー心理学では、人間の行動面と心理学のあり方について、かなりはっきりとした目標を掲げています。
①自立すること
②社会と調和して暮らせること
そして、この行動を支える心理面の目標として、次の2つ。
①わたしには能力がある、という意識
②人々はわたしの仲間である、という意識
この目標は、「人生のタスク」と向き合うことで達成できる。アドラーはこれらの過程でう生まれる対人関係を「仕事のタスク」「交友のタスク」「愛のタスク」の3つに分け、まとめて「人生のタスク」と呼びました。
アドラーは「3つの絆」という表現を使うこともありました。
ひとりの個人が、社会的な存在として生きていこうとするとき、直面せざるおえない対人関係。それが「人生のタスク」です。
この「人生のタスク」の考え方は、体育の授業のなかで大いに活用できるものだ。この考え方に出会えて、正直、体育授業の考え方についてまとまっていなかった私に一つの突破口が開けた瞬間でもあった。ありがとう。
「赤い糸と頑強な鎖」
「仕事」「交友」「愛」という3つのタスクを乗り越えよ、と語る。人が生きていく上で直面せざるをえない、対人関係のタスクを。
「「人生の嘘」から目を逸らすな」
他人の欠点が許せないから嫌っているのではありません。あなたには「他人のことを嫌いになる」という目的が先にあって、その目的にかなった欠点をあとから見つけているのです。
他人との対人関係を回避するためにです。
相手はなにも変わっていません。自分の「目的」が変わっただけです。
世界はいつでも危険なところになりうるし、あらゆる他者を「敵」と見なすことも可能
さまざまな口実を設けて人生のタスクを回避しようとする事態を指して「人生の嘘」と呼びました。
印象を受けて、その人間の中身を見る前にレッテルを貼る。そのレッテルによって良いところを探す人間と、欠点をどんどん探す人間にしらないうちに分類しているんだな。
これは、無意識の世界で作ってしまっていた。
意識して生活していこう。選手と接する時も大切だな。そして、自分自身をプロモーションするときも前者のレッテルを貼ってもらえるようにならなければ。
「所有の心理学から使用の心理学へ」
アドラー心理学は「所有の心理学」ではなく「使用の心理学」です。
「なにが与えられているかではなく、与えられたものをどう使うか」
目的論の立場に立って、自らの人生を、自らのライフスタイルを、自分の手で選ぶのです。われわれには、その力があります。
この最後の文を生徒・選手に伝え続けて自分自身にも言い聞かせていきたいと思う。
今回で第二夜が終了となる。
次回からは、第三夜「他者の課題を切り捨てる」について考えていきたいと思う。
