FOR BASEBALL COACHES
素振りはするな
日本野球が信じ続けた最大の勘違い
「毎日振らせているのに、なぜ試合で打てないのか」。その答えは、選手の才能でも根性でもなく、練習の設計にあります。運動学とスキル習得の原則から、打撃練習を根本から問い直します。
はじめに
「素振りを毎日やらせているのに、なぜ試合で打てないんだ」
指導者として、一度はこう感じたことがあるはずです。バットを振る本数を増やせば打てるようになる。長年、誰もがそう信じてきました。冬の練習で何百本も振らせ、選手の手にマメができることを努力の証として見てきた指導者も少なくないでしょう。
ところが、運動学とスキル習得の研究が積み重なるにつれて、ひとつの事実が明らかになってきました。素振りは、数あるバッティング練習の中で「最も試合に結びつかない練習」だということです。
これは精神論でも個人の感想でもありません。スキルがどう習得されるかという運動学の原則に照らせば、素振りという練習の構造そのものに限界があるとわかります。
この記事では、次の3つをお伝えします。
- 素振りがなぜ「練習した気になるだけ」で終わってしまうのか
- バッティング練習を設計する「BPD(バッティングプラクティスデザイン)」という考え方
- では指導者として何をすべきか、明日からの練習にどう落とし込むか
長年の指導を否定したいわけではありません。むしろ、これまで選手のために費やしてきた時間を、もっと成果に変えるための話です。一度、素振りという当たり前を疑うところから始めてみてください。
素振りが「練習した気になるだけ」になる理由
素振りで鍛えられるのは気合いと根性だけ
素振りを否定すると、必ず返ってくる言葉があります。「素振りで打撃の基礎が身につく」「振り込むからスイングが固まる」というものです。
冷静に考えてみてください。素振りで確実に手に入るものは何でしょうか。それは振り続けるという行為に耐える精神力と、最後までやり切る根性です。 これ自体に価値がないとは言いません。しかし、それは打撃技術の向上とは別の話です。
気合いと根性を鍛えたいなら素振りは有効です。けれど「試合で打てる選手を育てたい」のであれば、素振りはその目的に対してあまりに遠回りな手段になります。指導の現場で起きているのは、「努力させること」と「上達させること」がすり替わってしまう現象です。
振った本数は、上達した量ではない
1日500本の素振りをした選手と、200本の選手。どちらが上手くなるか。多くの指導者は500本と答えるでしょう。ここに最大の誤解があります。
もちろん、素振りに意味がまったくないわけではありません。「これだけ振った」という事実は、選手にとって確かな自信になります。苦しい練習をやり切った経験が、打席で「自分はこれだけやってきた」という心の支えになることはあります。 不安に飲まれそうな場面で、積み重ねた本数が選手を踏みとどまらせる。この心理的な効果まで否定するつもりはありません。
ただし、注意したいのは、その自信が「技術の裏付けのない自信」になりかねないことです。けれど、その満足感は上達の証明ではありません。振った本数と打撃技術の向上は、比例しないのです。
なぜなら、素振りには「その1本が良かったのか悪かったのか」を判断する材料がないからです。ボールを打っていない以上、打球の質も、ミートの精度も、タイミングの正確さも測れません。500本振っても、それが500回の正しい反復だったのか、500回の悪い癖の上塗りだったのかは、誰にもわからないのです。
ボールのない動作が脳に起こすこと
打撃という動作は、本来「飛んでくるボールに合わせてバットを操作する」運動です。この「外からの情報に反応する」という要素こそが、打撃の核心です。
素振りには、この核心がまるごと欠けています。脳が学習しているのは「ボールに合わせる能力」ではなく「同じ動作を再現する能力」です。問題は、この2つがまったく別の能力だという点です。何もない空間で完璧に振れることと、時速130キロのボールを打ち返せることの間には、深い断絶があります。
バッティングプラクティスデザイン(BPD)という考え方
オープンスキルとクローズドスキルの違い
スポーツの動作は、運動学の世界で大きく2つに分けられます。オープンスキルとクローズドスキルです。 クローズドスキルとは、外の状況が変化しない、自分のペースで行える動作です。ゴルフのパットやボウリングがこれにあたります。
一方オープンスキルは、刻一刻と変わる状況に対応する動作です。テニスのラリー、そして野球の打撃がこれです。打撃は本質的にオープンスキルであり、変化する状況への対応こそが技術の中身なのです。 ところが多くの打撃練習は、この打撃を無理やりクローズドスキルとして扱ってしまっています。
ティー打撃・45度トスはなぜ「試合に近い練習」ではないのか
ティー打撃や45度トスは、空を振る素振りよりは前進しています。けれど共通するのは「ボールが変化しない」「自分のタイミングで打てる」という点です。 本来オープンスキルである打撃を、クローズドスキルの形に作り変えているのです。
さらに45度トスには、横から斜め上に上がってくるボールを打つ動きが、正面から来る投球を打つ動きとはスイングの軌道そのものが違うという問題があります。打てば打つほど、実戦から外れた癖がつくのです。
素振りはすべての打撃練習の中で最もクローズドスキル寄り
試合の打席を「最もオープン」、何もない動作を「最もクローズド」とする線を引くと、最もクローズドスキル寄りに位置するのが素振りです。 素振りにはボールすらありません。対応すべき変化はゼロ。打撃練習の中で、これ以上「試合と遠い」練習は存在しないのです。
オープンスキルである打撃を上達させたいのに、最もクローズドな練習に最も多くの時間を割いている。目的地と反対方向に、全力で歩いているようなものなのです。
BPDが示す「打撃上達」の本質
オープンスキルである打撃が上達するには、スキル習得の研究が挙げる3つの条件が必要です。「変化する状況」「結果のフィードバック」「適切な難易度」です。
特に見落とされがちなのが「フィードバック」です。打球が飛んだ、詰まった、空振りした、という結果。さらに打球速度や角度といった数値。結果と数値、この二重のフィードバックがあって初めて、反復は学習になります。 どちらもない素振りの反復は、学習ではなく単なる消費なのです。
この3条件を素振りに当てはめると、変化はなく、フィードバックもなく、難易度の調整も効かない。素振りは、スキル習得に必要な条件をひとつも満たしていないのです。 問われているのは、選手の才能でも根性でもなく、指導者が組む練習の設計図です。
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